トニー・フレアのスタイルを決定する要素

2011.07.09

トニー・フレアのスタイルを決定する要素として、ブルーのシャツが占める部分も大きい。濃淡はあるものの、彼はホワイトシャツよりもブルー系のシャツを着ることを好む。ゴードンーブラウンがホワイトシャツを着る頻度が高いのと対照的だ。金融街では、白いシャツは新人が着るもので、ベテランになればなるほど色のあるシャツを着る。また、ブルー系は英国人が伝統的に好むシャツだ。その代わりと言うべきか、ブレアはじつに多種多様なネクタイを締める。イラクをめぐってアメリカとイギリスにフランスが鋭く対立したとき、フランスのジャックーシラク大統領に会うのに珍しく赤系のプリントタイを締めていた。よく見ると、そこには緑色のカエルがプリントされていた。フランス人を「ブロッキー(カエル野郎)」と侮蔑することに引っ掛けての選択だった。対イラク開戦に向けて、アメリカのブッシュ大統領、スペインのアスナール首相(当時)とスアレス諸島で会談したとき、3首脳は揃ってネイヴィーのスーツにブルー系のネクタイという姿であった。力強さを強調する赤系のネクタイではなく、ブルー系の沈着さを表現することを3人は選んだ。フレンズーオブートニーの面々がつぎつぎに去っていき、取り巻く環境も目紛しく変わっていくなかで、トニー・フレアのスタイルはどこまでも不変であった。だからこそ開戦後、テキサスでブッシュ大統領と会談したとき、フレアがセンターベンドのスーツを着ていたのはとても奇異に見えた。身頃後部の両脇ではなく中央に1本だけ切れ込みがあるのがセンターベンドで、どこまでもアメリカ的なデザインとされる。アメリカとの同盟の強さを確認するために、フレアはサイドペンツではなくあえてセンター。ベンドのスーツで臨んだのだ。「外交好きの外交音痴」「ブッシュのプードル」などさんざんに叩かれているトニー・フレアだが、「9・11」直後からその年末までの動きは見事だった。アフガニスタンに対して「もうあなた方を忘れ去ることはない」と語りかけた演説は歴史に記録されるほどのものだったし、発展途上国の開発支援に力を入れて衝突を防止し、テロの源を断つことを呼び掛けた。そして欧米諸国を飛び回っては、中東和平工作を繰り広げたりもした。この時点では、イラクまでの戦線拡大にフレアは反対の姿勢を明確にしていた。またゴードンーブラウンもフレアと連携して、ニューヨーク連銀で貧国救済のために基金拠出を富裕国に提案している。ブッシュ政権が近視眼的な戦略に向かおうとしたのと、じつに対照的だった。ところが、「平和主義も結構だ。しかし、『9・11』を契機としてすべてが変わった。そのことを誰も理解していない」と語りはしめたとき、トニー・フレアのなかで何かが変わった。それは歪んだ正義感でもある。彼はネイヴィースーツをまとった救世主を演じようとしているのだろうか。

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