イヴ・サンローランの名が世界にとどろいたのは、クリスチャン・ディオール亡きあとのこのブランドのデザインを、わずか22歳で任されたときだった。創立者を失ってブランド存亡をかけた1958年のコレクションで、無事チーフデザイナーの役割を果たした彼が、独立して自分のメゾンをもったのは、1962年のことである。若き天才は、ディオールの最初のコレクションでも、先輩デザイナーたちのアドバイスを無視して自分流を貫いたといい、これと信じたデザインには徹底して妥協を嫌った。独立後、幼いときからの夢だった舞台衣装のデザインを請け負ったときも、その頑固さは発揮される。彼のデザインした『シラノ・ド・ベルジュラック』の衣装は、演出のローラン・プティを十分に満足させたが、サンローランひとりが、何か気にかかるらしく毎日のように稽古場に顔をだしては口ごもっていた。明日が初日というリハーサル中のこと。突然サンローランが舞台に「ストップ」と声をかけた。そのとき舞台にいたのは、将校の制服姿の俳優たち。「何かちがうと思っていた」という彼は、その将校たちの衣装が気に入らず、これから直すといいだしたのである。1着ではない。「いまからではとても初日にまにあわない」というプティに、どうしてもかえなければならないと宣言したサンローランは、「あなたには迷惑をかけない」というが早いか、自分のアトリエから縫製係をおおぜいよびよせて、徹夜で修整作業をおこない、無事に初日の幕を開けることができたという。